萩原弘さん紹介

  • 2015.05.08 Friday
  • 16:56
多摩市で花にたずさわって40年
30年続いた「朝顔市」を守って

 
 
萩原弘さんの農園は、連光寺にあります。
連光寺は、昔の多摩市の風景を残す地域です。道路より一段おりた場所にある農園から見えるのは緑ばかり。鳥の鳴き声がよく聞こえ、まるでキャンプ場に来た気分になります。
 
おじゃましたのは、ゴールデンウイーク直前。
ちょうど、朝顔市のための朝顔の種まきの作業中でした。

毎年7月に行われる「せいせき朝顔市」は、多摩市を代表するイベントの1つ。
萩原さんは、その朝顔市をとりまとめる多摩市農協の園芸部の部長。今年で部長歴5年目です。
 

土の入ったポットに、1粒ずつ小さくあけた穴に種を入れていきます。
入れ終わると、土をかぶせ、多めに水を与えます。



「しばらく水をあげないから、多めにね」

花の苗にたずさわって約40年。萩原さんは、多摩市で植木や鉢花、花だん苗を販売している唯一の農家さんです。  
「切り花を出す農家はいるけれど、苗は見なくなったね」

ハウスの中には、きれいな花がたくさん! 



 



別のハウスでは、苗を育成中。いろいろな形の葉が並んでいました。



日々草、ベゴニア、バーベナ、ガザリア、コリウス、マリーゴールドetc.
 
花の苗の出荷は、だいたい春と秋、冬。夏場は庭仕事をする人が少ないのだそうです。
毎年季節ごとにお客さんのニーズにあわせて、バラエティ豊かに種類を増やしているとか。
「お客さんも、種類が少なくちゃつまらないから」
最近は、新しい花がずいぶんと増えてきているのだそうです。
 


野菜も栽培しています。日当たりの良い畑。 

萩原さんによれば、花自身も自分が手入れをしてもらえているかどうか、わかるのだそうです。
「だから、世話されないと『実なんかつけてやるもんか!』って花も意固地になる(笑)」
まあ、意固地になるかどうかはわかりませんが
笑顔、手入れをしてやれば花もきれいに開き、受粉のために虫も集まってくるのだそうです。そう考えると、手入れしてやることは、やはり良い実をつけることにつながるのかもしれませんね。

人間も同じなのか…自分の手入れは怠りがちな私。ちょっと反省
笑顔


 
萩原さんの本業は、実は造園業です。
造園の仕事の合間に、野菜や花を栽培しています。
「そんなに、畑が広いわけじゃないから」と萩原さん。
ご両親も、農業1本ではなかったそうです。
「親父は、多摩動物園の動物用の牧草を扱っていたこともあったね」
使われなくなった畑や田んぼ、河川敷に広がる草を集め、牧草にしたそうです。
小さい頃は、夏休みに動物園まで牧草を運ぶ手伝いをしたこともあったとか。
「動物は僕たちが来たのがわかるんだよね。車の音だけで動物たちが寄ってきたよ。美味しかったんだと思うよ。だって、朝採ったばかりの草だからね」

キリンになめられたこともあるそうです。

 

畑をたずねてきたJA東京みなみの鈴木さんと

萩原さんが部長を務める「園芸部」は、昭和40年代の園芸センター設立(聖蹟桜ヶ丘駅近く)をきっかけに、それまでの前身となる組織を継いで新たに組織されたものだそうです。前身から数えると、歴史のある農業部会なんですね。
昭和30年代後半から多摩ニュータウン計画によって多摩市の農業が大きく姿を変えていく中、農業の再生と新しい住民たちとの交流を図って設立されたのが園芸センターです。園芸部員が栽培した、花や苗などのたくさんの緑を市民に提供してきました。
園芸センターがなくなったあとに、園芸部から野菜を販売する「即売協」が組織されたのだそうです。
多摩市の農業は、園芸部が支える部分が大きかったのですね
笑顔
 
現在、園芸センターはなくなりましたが、その役割を引き継いでいるのが「せいせき朝顔市」。


   

朝顔市が始まって、今年で33年目。
朝顔市が始まった頃は、参加する朝顔の栽培農家も30軒ありました。それが30年たって、現在6軒。少なくなった理由に、栽培農家の高齢化があります。
「少しでも新しいメンバーを増やしたいよね」と萩原さん。
そのためにも「農業は大変だ」ではなく、
「楽しいよ! 
ってアピールしなきゃね」と話します。
 
どうです? 興味のある方ご一緒に
にっこり
 
萩原さんの野菜と花は、グリーンショップとアンテナショップPonteで販売しています。
(※生産者名がお兄さんのお名前「萩原静夫」さんになっていることがあります



 
(K)