須藤忠志さん紹介

  • 2014.04.15 Tuesday
  • 09:43

「太平記」の舞台、関戸の地で

300年余、代々農業を営む

 

春の日差しがとっても気持ちの良い日に、関戸地区にある須藤さんの畑におじゃましました。

「さっそく、畑を回ってみる?」と誘われ、ご自宅の裏手にある畑へ向かいました。

おおっ! 広い!
  
 

畑だけでなく、木々の木陰や原っぱがあって、まるで公園!

ぽかぽかの陽気に、レジャーシートを敷きたくなるほどですO(≧∇≦)O

 

関戸は、鎌倉時代に関所があった場所。「関戸」という名の由来でもあるそうです。

畑の先の、住宅街を指さしながら

「あのあたりが、関所の入り口だったんじゃないかな」と須藤さん。

太平記の舞台である関戸は、約700年前に関戸の戦いで新田義貞軍と北条軍とが戦った場所としても有名です。

歴史にゆかりのある場所なんですね。

 

「僕が子供の頃は、ここはほとんどが田んぼだった」と須藤さん。

昭和40年代、多摩市のニュータウン計画が始まり、
周りの山を崩し整地した際に、土砂が田んぼに流れ込み、稲作ができる土壌ではなくなってしまったそうです。

「それで、畑として使えるようにと、親父や祖父が作り変えたんだよね」
須藤さんが子供の頃は、中央に川も流れていたのだとか。

「裏手は山だったから、山にしみこんだ水が湧くんだよ」


 

隅に、川の名残がありました。

一面の田んぼ、真ん中に小川。

以前の風景は、なかなか想像できません。

 

須藤家は、代々伝わる農家さん。

「残っているいちばん古い資料から数えると、僕で14代目」と須藤さん。

調べたんです?!

ということは、300年以上家系をさかのぼれるってことですね。すごい!

「親父が亡くなったときに、親戚を調べたのがきっかけ。調べたら面白いよ。

金次郎、徳次郎、又次郎でしょ、その後は…」と、楽しそうに話してくれます。
 

「なんでみんなの名前に次郎が付くんだろうって疑問がわくわけ。
そしたら、その前に藤次郎って人がいてさ。
その藤次郎さんって言うのが、お金を稼ぐのがうまくて、家をしっかり守れる人だったみたいで。
だから、その“次郎”をみんな名前にもらったんじゃないかって。まあ僕の推測だけどね(笑)」


昔は、農地も今のように広くなかったようで、少しずつ土地を買い取り、
広げていったのも藤次郎さんだったのではないか、ということもわかってきたそうです

へ〜! 面白い! 興味深い話が見つかりますね〜

 

さかのぼれば、もともとの稼業は養蚕がメイン。

「この辺りの農家は、どこもカイコだったね。桑がたくさん植わってて」

それが、昭和初期になると、海外からの安い繊維に絹が押され始めます。

さらに戦争が始まると、食べられない桑よりも「食料になる米の生産を」と、養蚕から米づくりに変えられていきます。

戦時中は「土地があるなら米を作れ」と、陸稲もやっていたそうです。

畑に種をまいて稲を育てる「陸稲」ですね。

「でも美味しくないんだよね、これが」

そんな時代もあったんですね。

 

それにしても、気持ちのいい畑です。

「緑が芽吹く今が、いちばんいいよ。
でも夏場は大変。ブルーベリーの畑は、夏場は
40度まで気温が上がるからね、熱中症対策は欠かせないよ」




奥のブルーのところがブルーベリー畑です

また、これだけ広いと草刈はとても大変だとか。そうですよねえ。想像はつきます。

年に4回は、大掛かりな草刈をするそうです。
広い! 公園のよう! 気持ちいい〜なんて、無責任に言ってられませんね
( ̄〜 ̄;)
 

 歩いていると、ふきのとう、みつば、のびるによもぎ。

  
 

目をひく野菜たちが、さりげなく生えています。最近なかなか見られなくなったレンゲも。

あっ! たけのこを発見!


 

「地下足袋で歩いていると、足の裏の感触でたけのこに気付けるんだよ」と教えてくれました。

 

これ何かわかりますか? 


 

 なんと大根です。大根はアブラナ科なんですね!

白い花を咲かせるなんて、知らなかった。

 

もとは銀行マンの須藤さん。お父さまが亡くなった1年後に農業を継いだそうです。

若いころから農作業を手伝ってはきたものの、

「親父は何も教えてくれなかったよ」と笑いながら須藤さん。

「でも、結局は見て、体で覚えるのがいちばん」

農作業を続けるうちに、お父様の気持ちがわかってきたそうです、

御年85歳のお母さまも、いまだ現役。

このスナップエンドウも、お母さまが植えられたとか。すごい!


 

「僕のじいさんなんて、死ぬその日まで農作業をやってたからね」

う〜む。鍛え方が違うんですね。

 

畑には、竹林や茶畑もあります。


 

「たぶん、土が崩れてこないための工夫だね。

祖父や親父が畑をつくるときに、ちゃんと考えたんだと思うよ。竹林や茶畑があるのには、ちゃんと理由があるんだよね」

なるほど、しっかりと設計されているんですね。

「竹を植えて、石を運んで積んで。そうやって、うまく使えるようにつくってくれた先代のことを考えると、僕が生きている間はこの農地は残したいね。」

祖先の歴史をたどった須藤さんだからこそ、先代たちの代々受け継がれてきた想いを深く感じるのでしょうね。


 

 私も、700年前の多摩のいにしえに浸りつつ、この風景がいつまでも残ることを願った取材でした。

 

(K)

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